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考えさせられます。

考えさせられます。

下記facebookからの記事の引用でございます

Chihiro Sato-Schuh
2021年12月5日

【虚像による支配】
この2年間ほどで、この世界が虚像によって支配されているということがはっきりしてしまったと思う。世界を支配しているのは、軍事力でも経済力でもなかったのだ。世界を支配しているのは、メディアが作り出す虚像であり、プロパガンダだった。偽の報道やメディアの中に仕組まれた心理操作が、人々を支配していたのだ。
今の世界は、ほんの一握りの人々によって支配されているということは、前から言われていた。まさかそんなことがと思っていたけれど、この2年ほどの間、世界中の政治家がまったく同じ政策をまったく同じやり方で始めたのを見たら、もう信じないわけにはいかない。表舞台に立っている数多くの政治家たちは、実のところ裏で操られているマリオネットにすぎなかったのだ。洗脳され、操作されて、与えられたセリフを言い、命じられた役を演じている工作員にすぎなかった。
この2年ほどの間に、世界中で数多くの政治家たちが辞めていったけれど、そのあとにはまた全く同じ考えを持って、同じ政策を続けていく政治家が据えられただけだった。何人入れ替わっても同じこと。同じように洗脳され、操作されているマリオネットが入れ替わり立ち替わり据えられていくだけだった。
政治も、虚像を作り出している演劇にすぎなかったのだ。
それでは、裏で糸を引いている人たちとは何なのだろう? 世界中のお金を影で動かしていて、そのお金で人間を操っている人たちがいたのだ。人間はお金でどうにでも動かせてしまう。お金で人を脅迫させたり暗殺させたりすることもできるし、賄賂や脅しで事件を迷宮入りにしてしまうこともできる。そしてこの人たちは、心理操作の技術を研究させて、人間をどうにでも動かせるような技を開発し、実際に世界中で使っていたのだ。
それは、人を完全に操れる政治のマリオネットに仕立てることから、あらゆるメディアやエンターテインメントにサブリミナルな暗示を仕込んで、人々の心理を操ることまで、ありとある分野にわたっていた。彼らはごく少数だけれど、お金ならいくらでもあったのだ。それで、世界中の人々を操って、心理操作をさせていた。かくして、ごく一握りの人たち、お金を動かす人たちが、世界中を支配することに成功してしまったのだ。
私たちは、民主的な国に生きていて、国民が選んだ政治家たちが政治を動かしているのだと思っていた。経済は公正な競争の原理によって、人々の需要を満たすべく動いているのだと思っていた。そのすべてが、まったくの虚像に過ぎなかったということが、この2年ほどで、誰の目にも明らかなくらいに表に出てしまった。
何しろ、人々の健康のためにと、家に閉じ込めて経済を崩壊させたり、さらには毒の入った薬を注射させたりしているのだから、強烈だ。そんなことが目の前で起こり始めて、まさかと思っていたことも、現実だったことを知らざるを得なくなってしまった。ところで、その現実が見えてきたら、実は同じようなことはこれまでもずっと行われていたことが目に入り始めた。これまで使われてきた薬の多くも、実は言われているような効果などなく、人を病気にしてますます薬に頼るようにしてきただけだったことが、次々と暴露されていった。そればかりでなく、食料品にも化粧品や洗剤にも、故意に毒が入れられていたらしいことも見えてきた。それもすべては、人々が生きる力を失って、抵抗する力も思考力も失って、ただ判断停止状態でプロパガンダに従うようにするためだったらしい。
この2年間、一体何が起こっているのかと、多くの人はあれこれと情報を集め始めた。それは複雑多岐に渡っていて、まるで巨大な迷宮の中をさまよっているかのようだった。だけど、一度全体が見えてしまったら、原理は実に単純だった。ほんの一握りの支配欲に憑かれた人々が、お金を使って虚像を作り出し、世界中の人々を思うように操っていたのだ。
お金。ところで、お金そのものが実のところ、作り出された虚像にすぎなかった。お金というのは、それが価値だと思う人がいるからこそ価値になる。お金で価値を得られると思うから、人は物やサービスを提供するのだ。つまり、お金を価値であると思わせ、それを与えることで、人を操るシステムをこしらえたのが、今世界中を思うように操っている一握りの人々たちだったのだ。
そして私たちは、お金で買えるものが豊かさであり幸せであると思い込んできた。だから、お金をたくさん稼げる人が優秀な人、成功した人なのだと思い込んできた。お金を稼げるようになることが一人前になることであり、人生の意味はお金をより多く稼くことであるとさえ思い込むようになった。
その結果、私たちの多くは、お金がもらえるのであれば、それがいいことかどうかも考えずに、言われた通りにするようになった。お金こそが幸せであり、人生の意味にさえなったのだ。そして、まさにその連鎖が、今のような状況をこしらえることになった。
ある意味、この2年間は、この虚像に気づくための最高の機会だったとも言えるかもしれない。ロックダウンによって消費生活から離されたら、お金で買える贅沢の数々も見せかけの豊かさにすぎなかったことに気づいた人も多い。それはただ豊かさのイメージにすぎなくて、それを得たからといって、本当に豊かな気分になるわけでもなかった。それは形だけで本当の中身のないものだったから、豊かさを求める気持ちはますます飢えを感じたくらいだった。そこから切り離されたとき、本当の豊かさとはお金で買えるようなものではなかったことにとつぜん気がついた人も多い。それは日常生活の手触りとか愛しさのようなものであって、消費生活は実のところ、そうした豊かさから私たちの意識を逸らしてしまっていたのだ。
明らかに筋の通っていない理屈で国民に死ぬかもしれないような注射を強要しようとしている政治家たちは、どれも魂の抜けたマリオネットにすぎなかったことがわかってしまったし、テレビに出てくる医学の権威や学者たちも、実はほとんど何の知識もないお金に動かされた人たちだったことがわかってしまった。
一方、自分の仕事がプロパガンダを作り出すことに加担するかどうかにかかっていることがはっきりした人たちは、まさにお金を取るか魂を売るかの選択を迫られていることに気がついた。
これは、今まで信じていた価値観が丸ごと崩壊するようなことだから、すべてが虚像にすぎなかったとは信じたくない人もたくさんいると思う。だけど、何かがおかしいことを感じていた人たちは、すべての謎が解き明かされたように感じたかもしれない。一方、これまでお金が価値になっていることに違和感を感じ続けてきた人たちは、ついに解放されたようにさえ感じているかもしれない。
この虚像が崩れたときに見えてくるのは、私たち人間は本来もっとずっと健康で、特別なものなど何もなくても、幸せに生きられる存在だという事実なのだ。自分の利益だけを追求したり、支配欲で行動したりしたのは、恐怖で心理操作されていたからにすぎなかった。人間はもともと平和と調和を求めて、助け合うことに喜びを感じ、創造的に生きていく存在だったのだ


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